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みんなの「その他」ブログ


世界平和と東北の春が来ますように!

2012/03/18 02:00
こんばんは!

3月も半ばになり、梅の花がちらほら咲いてきて、
暖かくなったり寒くなったり、プチ花粉症になったり><、春はすぐそこです^^

そんな3月のはじめ、「はままつグローバルフェア」に行きました。
お目当ては浜松出身のミュージシャン・鈴木重子さんのトーク&ミニライブ!

重子さんは昨年11月、アフリカのウガンダ共和国を旅して、紛争に苦しむ人々の
様子を話しました。

ウガンダにはLRAという軍隊があり、家を焼き払い、食糧を奪い、村人を脅して
兵士にし、抵抗する者は殺したそうです。政府は市民がLRAに加わるのを防ぐ
ため、彼らをキャンプに強制的に収容したそうです。しかし、キャンプを出た者は
LRAと見なされるので、多くの人はキャンプに閉じ込められたそうです。
LRAは少年少女を誘拐して、強制的に兵士に仕立て、人々は自分の家族や
友人に殺されることになったとのこと…。

こんな現実が日本の裏側で起きているとは、本当に悲しくなりました。
そしてこうした悲劇はウガンダだけでなく、多くの国で起きているのが実情です。

「かつて少年兵だった男の子が、今、歌手になって大活躍してます。
ぜひ彼の歌を聴いてください。」

重子さんが発起人のプロジェクト”Breath for peace”のホームページで彼の歌を
聴くことができるので覗いてみました。



その人の名はエマニュエル・ジャル。”We want peace”(平和をつかもう)
という歌は、とてもストレートな歌詞で、「本当にもう紛争やめようよ!」っていう
気持ちが伝わってきました。彼はスーダンで少年兵として戦っていたそうです。


他にもイバル川を境にセルビア人とアルバニア人が断絶しているコソボの歌も
印象的でした。1990年代後半に起きたコソボ紛争の傷もまだ癒えないようです。


重子さんのトーク&ミニライブが終了し、別の会場で質疑応答できるとのことで
私も直接重子さんとお話したいと思い、場所取りに向いました。

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昔CMで見たショートカットの重子さんと異なり、今はロングヘアでした。
とても優しい語り口の重子さんですが、平和への思いは本物でした。

「建前上の平和でなく、私は本当に世界平和を願っています。でも時として
あまりにも大きなテーマで、本当に平和にできるのか悩むこともあります。」

トーク&ミニライブでの重子さんの言葉が、いかに難しい課題に挑んでいるの
かが伝わってきました。

私が世界一周旅行をして心残りだったのが、上記に登場したアフリカや
ヨーロッパのバルカン半島、そして中東の戦争中の国等を「治安上の理由」で
旅できなかったことを重子さんに話しました。

「確かにこうしたエリアを女一人旅できるようになったら、本当に平和が訪れた
証拠になりますね。」

重子さんは笑顔で答えました。

「例えばウガンダのような紛争で苦しむ国が自立できる産業とか、
産業につながるヒントみたいなものを旅で見つけましたか?」

この質問に対し、重子さんはこう答えました。

「ウガンダの人はとてもコミュニケーション能力が高いです。そして音楽の才能も
素晴らしく、リズム感がとても良いんですよ!こうした自国の強みで自立できたら
いいですね。」



本当だ!こちらもBreath for peaceからの映像ですが、紛争と戦っているとは
思えないほど明るい曲で驚きました!!

「日本の年間自殺者と紛争の死者が同じ3万人。
日本は心の内戦に苦しんでますね…。」

重子さんのトークショーでの言葉を思い出しました。

重子さんとの有意義な質疑応答を終え、アフリカの太鼓演奏を見に行きました。
こちらも底抜けに明るい!!なんか無条件で元気になれました!!
アフリカの「元気」を日本に輸入したら、日本も笑顔になるんじゃないかな?
って思うくらい楽しかったです!!

そういえばアース・ウィンド・アンド・ファイヤーの曲も明るいので
(映像もカラフル!)、アフリカやアフリカルーツの音楽はテンションの低い時に
効果アリですね♪




Breath for peaceのHPには、世界平和に向けての「なんとかしなきゃ!」が
ぎっしり詰まっています!!ぜひご覧ください^^
http://nantokashinakya.jp/projects/breath_for_peace/



話題は変わって、先週の3月11日は東日本大震災から1年でしたね。
あれから大震災の話題がない日は一日もなかったですね。

重子さんのライブでも復興地に向けて「ふるさと」を合唱しました。

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ちょっと見にくいかもしれませんが、先週の中日新聞で
「東北 夢の桜街道」というプロジェクトを知りました。
観光で息の長い支援をしよう!ということで、新聞一面に
東北の桜の名所八十八ヶ所が分かりやすく紹介されていました。
また新幹線や列車の路線図も簡潔に掲載されていて、
復興地のどこに行けるかが分かります。

私も目下、東北へ桜を見に行く計画を立てていますが、仕事と資金の調整中。
なんとか行けたらいいです!!あと石巻やきそばが食べたいです!!
テレビで紹介されていた復興商店街にも行きたいな〜^^

東北 夢の桜街道ホームページはこちら↓
http://www.mogamigawa.gr.jp/tohokuyumesakura/88meguri/

こちらから写真の東北6県の桜の名所地図がゲットできます♪↓
http://www.tokyo-np.co.jp/article/daizukai/2012/CK2012030502100006.html


”ちょこっとずつ”ですが、世界平和や東北の復興につながる情報をゲットしたら
載せて行きたいと思います^^みなさんも、何か良い情報をお持ちでしたら
ぜひ教えてくださいね^^
記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 2


世界一周旅行から一年…

2011/09/25 18:26
こんばんは!

この前旅に出たと思ったら、もう1年が経ってしまいました。
まさに「光陰矢の如し」。

大きな怪我や病気をせず無事旅ができました。
飛行機の欠航や遅れも皆無でした。
頭の中からはみ出しそうなほど、多くの思い出ができました。
大荷物で移動したおかげで、腕力と背筋力が鍛えられました(笑)。

当初の旅程は西回りだったのですが、西回りでは世界一周航空券に
問題箇所が生じることが判明し、最後の方で東回りに変更しました。

結果的には東回りで正解でした。
まず、英語圏からのスタートだったので、いきなり言語で苦労せずに
済みました。ジェット気流に乗って、飛行時間をある程度短縮できた
のもナイスでした!西回りだったら確実に冬の飛行機の欠航が
相次いで苦労したと思います。東回りだったからスコーピオンズの
ライブを本場ドイツで見れたし、バチカン市国のクリスマスミサにも
参加できました!

そして、最高の旅友に出会えたことが一番貴重でした!
東回りだったら確実に彼らに出会っていなかったと思うと時折怖くなります。

このブログは、心配症の両親を安心させるために始めました。
安全な国を選んでの旅とは言え、ジプシーのように居場所が変わる
生活は、日本で待つ家族には心配の種だったと思います。
家族に毎日電話をかけていましたが、連絡が取れなかった時は
とても心配を掛けました。本当に申し訳なかったと思います。

本当に良い時代に旅が出来たと思います。ここまで通信網が
発達している現代だからこそ、女一人で世界をぐるっと回れたと
思います。IT革命をした方々に感謝します!

このブログを通して日本から応援して下さった皆様、ありがとうございました!
皆様のコメントに勇気付けられて、凹みそうな時も前に進めました。

この旅は一人旅ではなく、日本の皆さん、旅先で出会った方々の
おかげで成り立ったと思っています。心から感謝しています。


最後に旅でおさめたお気に入りのショットをお楽しみください♪

【夕暮れのグアム】
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【サンフランシスコのカワイイ家】
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【ドイツ・マイセンの街並み】
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【ドバイ(シャルジャ)のキングファイサルモスク】
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【シンガポールのリトルインディア】
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【旧正月間近の台北】
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ネブラスカ州オマハの思い出

2011/08/12 17:31
お久しぶりです。
とても暑い日が続いていますが、皆さんお元気ですか?

1996年の今日、当時19歳の私は留学先のネブラスカ州オマハへ
旅立つため、飛行機に搭乗しました。

ネブラスカ州オマハ…世界一周旅行で立ち寄る予定でしたが、
とっても疲れてキャンセルした街です。
「とうもろこし畑しかない。」とイメージされるオマハですが、
いい感じに古いこの街が私は好きでした。



成田空港にて。
飛行機嫌いと新生活への不安で胸がはちきれそうでした><

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機内では、とにかくしんどかった…。

暇、寝れない、緊張しっぱなし…。

「ウーロン茶を下さい。」

とアメリカ人CAに伝えたら、コーラが出てきました(笑)。

私の英語力、大丈夫かしら???と不安になりました…。

ちなみにトイレが1箇所壊れていました…。


11時間後、テキサス州ダラスに到着。
今思えば、なぜ最短のシアトル経由にしなかったんだろうと後悔…。

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ここから2時間かけてネブラスカ州オマハへ飛びました。
隣の席のおばさんは、サンダル履きにレジ袋を持っていて
さながら路線バスのようでした(笑)。


お世話になったクレイトン大学です。

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とにかく英語が通じない。もうショックでした。日本にいる
外国人は日本人英語を知っているので、私のテキトー英語を
理解してくれましたが、ここはアメリカだと痛感しました。

何せ話すスピードが半端なく速い!
そしてスラングが全く分からない!

それでも語学学校+一般のクラスで勉強しました。

その一般のクラスというのが「ジャーナリズム」で、
これまたとんでもないクラスを取ってしまいました。
鬼のように難しい内容でちんぷんかんぷん。

でも当時はジャーナリストというかラジオDJを目指していました。
「音楽番組を持ってミュージシャンと友達になりたい」
というミーハーな動機でした(笑)。

他には教育学、コミュニケーション、美術なんかも勉強しました。

とにかくアメリカ人は勉強する!入学は簡単でも卒業が難しいという
のは本当でしょう。教科書がとても分厚い。まるで電話帳みたいな
教科書もありました。

でも不思議なもので、この過酷な環境に慣れました。
1年では物足りない位でした。

キャンパスライフに慣れた頃の私。
寮のお友達とのピクニックにて。真ん中は20歳の私。
あぁ、懐かしい!

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息抜きによく行ったダウンタウンエリア。

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以上、世界一周旅行で行くはずだったオマハです。
サンフランシスコほどエネルギッシュではないけれど、
勉強するには大人しい街でオススメです♫


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二級建築士試験に合格しました!!!

2010/12/03 05:59
…長い長い「二級建築士への道」がゴールを迎えました。

ニックネーム:ライセンスアドバイザーさんの前回のブログ・コメントにて
「二級建築士試験・合格」を知りました!!!

やったぁー!!!ばんざーい!!!

大学を卒業してアメリカ留学を生かした仕事に就きたかったものの、
就職難で英語の他に興味のあった「建築」関係の職場に就職しました。

その後輸入住宅会社で、「英語+建築」という理想的な仕事ができました。
ヘコんでも、クロスや照明カタログを見てるだけで元気になれるほど
大好きなお仕事でした。
「ガレージドアの取り付け方が分からないよー」
と職人さんたちに呼ばれて現場で英語の取説を訳すのが嬉しかったです。

定時制の工業高校に入り直したのが2年前。
仕事時間を早めて、月曜から金曜まで毎日学校に通いました。
家族にも会社にも大変迷惑をかけました…。
その間にインテリアコーディネーター試験に合格しました。
3年かかりましたが…。

そして今年の3月に二級建築士の受験資格を取得して
ライセンス・アドバイザーさんの資格学校で猛勉強をしました。
落ちそうな模擬試験結果だったにもかかわらず、
1次試験になんとか合格しました。

そして猛暑の中「こんなの4時間半で描けるわけないでしょー!!!」
と二次の製図試験内容に驚きながらも描いて描いて描きまくりました。
途中で体調を崩して、点滴を打って夏バテを吹き飛ばしました。

試験が終了して2週間後、世界一周旅行に出かけました。

「本場の北米のお家をじっくり見たい。」
「大昔の人たちが築いたヨーロッパのお城が見たい。」

その夢を叶え、二級建築士に合格し、私は本当に嬉しいです。

この試験は私一人では合格できなかったと思います。

家族、会社、定時制高校、資格学校の皆様のご協力の上に
今回の合格があります。皆さん、本当にありがとうございました!!!
帰国後は建築の仕事を一生懸命やって、また世界一周旅行に
出かけたいです!!!
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